少し厄介、でも愛おしい――日本語に訳しにくい言葉たち【若い世代の物語を訳す】

「若い世代の物語を訳す」第6回のテーマは、そのままでは訳しにくい英語の表現。英語ではひと言で表せるのに、日本語ではぴったり対応する言葉がなかったり、反対に、英語では長い描写を日本語ならひと言で表せたりすることがあります。単語や慣用句、さらには人の名前まで――翻訳家・三辺律子さんが、実際の翻訳例を交えながら、言葉に込められたニュアンスやイメージをどう日本語に移すかについて語ります。

他の言語ではひと言で表現しにくい言葉

『翻訳できない世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳、創元社)という本をご存じだろうか。タイトルの通り、「ほかの国の言葉ではそのニュアンスをうまく表現できない」(表紙折り返し部分より)言葉を紹介している。「モーンガータ」(スウェーデン語で「水面にうつった道のように見える月明かり」同書、11頁)という美しい言葉もあれば、「ゴーヤー」(ウルドゥ語で「すばらしい語りを聞いて、『まるで』ではなく、全くの真実に感じられること」同書、79頁)という「ああ、そういうこと、あるある」という言葉もある。ちなみに、わたしが深く、深く、とても深く共感したのは、「アキヒ」(ハワイ語で「だれかに道を教えてもらい、歩き始めたとたん、教わったばかりの方向を忘れたとき」同書、75頁)。

日本語も紹介されている。よく知られているのは、「木漏れ日」だろう。“The sunlight that filters through the leaves of the trees.”(「木々の葉のすきまから射す日の光」同書、33頁)。つまり、英文で木の葉の隙間から日が射しているといった描写があれば、「木漏れ日」と訳せるということだ。

The world seemed perfect on this day, with bright sunlight falling through the branches of the trees.

(Alice Hoffman, When We Flew Away, Scholastic Press, 2024)

木漏れ日のふりそそぐ、こんな日は、世界は完璧に思える。

(アリス・ホフマン著『わたしを忘れないで アンネが日記を書く前の物語』、三辺律子訳、NHK出版 11頁)

このように、日本語ならひと言で訳せ、そちらの方が情景や動作が浮かびやすい言葉はほかにもある。例えば、「頬杖」。

…and Karina sighed. She rested her chin on her hands.

(Roseanne A. Brown, A Song of Wraiths and Ruin, Balzer + Bray, 2020)

カリーナはハアッと息を吐いて、ほおづえをついた。

(ローズアン・A・ブラウン作『ズィーラーン国伝II 王の心臓』、三辺律子訳、評論社 153頁)

翻訳しにくい語ベスト3

ちなみに、わたし版〈翻訳しにくい英語の言葉〉ベスト3は、hiss(〈蒸気・ヘビ・ガチョウ・サギ・ダチョウなどが〉シューという音をたてる)、awe(畏(おそ)れ、畏敬、畏怖)、Hi! もちろん、ほかにもたくさんあるけど、この3つは頻出する上、短いのに、日本語でニュアンスを伝えようとするとやたら長くなることもある。しかも、自分の中での定訳もなく、そのつど文脈に合わせて訳し分けなければならない。女子高生が昼休みに学校の廊下ですれちがった友だちに言う「Hi!」は、いまだに出てくるたびに悩んでいる。なにかいい訳、ありませんか……?(朝なら、「おはよう!」でいいんだけど)

そのまま訳せない英語の慣用句

あと、個人的にそのまま訳したいけど、訳せない言葉もある。have butterflies in one’s stomachは「胸がどきどきする」「緊張でそわそわする」といった意味の慣用句。お腹で蝶が暴れてる感じ、よくわかる!って思うけど、「お腹に蝶々がいる」と訳すと、ちょっと目立ちすぎてしまう気がする。英語を母語とする人はよくある慣用句として読んでいると思うからだ。

わたしの大好きな慣用句「袋から猫を出す(let the cat out of the bag)」なんていうのも、そのまま訳したくなる。でも、これは、「うっかり秘密を漏らす」。あと、学園物を訳すせいかよくお目にかかるのは、「break a leg!」。足の骨を折れ……!?これは、これから舞台に立つ人にかける「うまくいくように!」という意味の慣用句。

Break a leg, kiddo read the postcard from Seattle.
Did her dad know you didn’t say that to the hair-and-makeup person? Or did you? Really, she didn’t know. So much was new to her lately.

(Brigit Young, The Prettiest, Roaring Brook Press, 2020)

でも、ここでは、演劇のヘアメイク係をしているソフィーに、離婚したお父さんがちょっと見当違いのメッセージを送ってきたという設定なので、仕方なしに注をつけて直訳した。

脚を折れよ!【注:舞台に出る人に向かって「演技がうまくいくことを祈る」という意味で使われる】シアトルからの絵ハガキにはそう書いてあった。
ヘアメイク担当にはそう言わないって、ソフィーのパパは知ってるんだろうか? それとも言うのかな? ソフィーも本当のところは知らなかった。最近は、はじめてのことが多い。

(ブリジット・ヤング著『かわいい子ランキング』、三辺律子訳、ほるぷ出版 320頁)

昨年訳した本のタイトルThe Elephant in the Roomも、その意味を日本語ではうまく再現できなかった。「部屋の中の象」というのはみんなが気づいているのに、話題にするのを避けている問題を表す慣用句で、主人公のお母さんと会えないという「問題」と、主人公がゾウの飼育を手伝うことになるというストーリーを掛け合わせたすてきなタイトルだったのだけど。日本語タイトルは、『ゾウがやってきた』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン作、三辺律子訳、小学館)に落ち着いた。

固有名詞に込められた意味

あと、日本語に移しにくいなと思うのは、固有名詞がまとうイメージだ。『グレート・ギャツビー』のギャツビーが憧れている女性の名前はDaisyで、innocence(無邪気さ、純真さ)のイメージを宿すが、作品では、その印象が彼女の実像と皮肉な対照をなす――と高校の時、英文鑑賞という授業で習ったのをまだ覚えている。でも、日本語を母語とするわたしには、当時ぜんぜんぴんとこなかった。「ヒナギク」だと思えば、少しはそうしたイメージが喚起されたかもしれないけど、名前のDaisyをヒナギクと訳すわけにはいかないだろう。

ハリー・ポッターのスネイプ先生(Snape)の名前も、英語では snake(蛇)や sneak(こっそり動く)を思わせる響きがある。おそらく作者もそれを意識したのではないか。でも、ある程度英語を知っている読者でなければ、その連想は浮かびにくいだろう。トム・リドル(Tom Riddle)【riddle=謎】とかドローレス・アンブリッジ(Dolores Umbridge)【umbrage(立腹、不快感)を連想】も、同じだ。

トム・ナゾナゾとかドローレス・リップクなどとは、なかなか訳しにくい。わたしもやらないと思う。でも(だから?)、瀬田貞二はすごいなと思うのだ。例えば、『ナルニア国物語』シリーズに出てくる泥足にがえもん(Puddleglum)とか、巨人ごろごろ八郎太(Giant Rumblebuffin)とか、天気てんくろう(Wimbleweather)とか。今読むと、日本風すぎて違和感を覚える人がいるのもわかるけれど、原語と比べると、名前の意味やおかしみを、かなり的確に伝えているのがわかる。パドルグラムや巨人ランブルバフィンや、ウィンブルウェザーでは醸(かも)せないイメージを宿しているのではないだろうか。朝びらき丸(Dawn Treader)は、わたしのお気に入りの訳語だ。

日本にも、登場人物の名前が、その人物の性格や役割を示唆している例はたくさんある。白鳥麗子とか骨川スネ夫とか珍野苦沙弥とか。Reiko Shiratoriでは、「白鳥麗子」から日本語の読者が受け取るイメージは伝わりにくい。それは仕方ない……とあきらめないのが翻訳者の性(さが)。

苦沙弥先生はMr. Sneaze【Sōseki Natsume, I Am a Cat, translated by Aiko Ito and Graeme Wilson, Tuttle Publishing】。sneeze(くしゃみ)を名前っぽく変形しているというわけ。スネ夫はSneech(スニーチ)【米国向けアニメの英語吹き替え版】。原名の響きを少し残しつつ、sneer(あざ笑う)という意味をこめた名前になっていて、英語でもスネ夫の性格を連想できる。すばらしい翻訳者魂。

翻訳者のはしくれとして、わたしも見習わなければ。実は今、ダジャレやもじりの名前を持つ登場人物がたくさん出てくる本を訳している。挑戦してみるか!?自分で自分のハードルをあげているような気がするけど。

三辺律子さん翻訳の書籍

三辺律子(さんべ りつこ)
三辺律子(さんべ りつこ)

翻訳家。訳書に『 エヴリデイ 』『 エイダンをさがして 』(小峰書店)、「 ズィーラーン国伝 」シリーズ(評論社)、『 ムーンライズ 』(岩波書店)、『 答えは本の中に 』(理論社)、『 わたしを忘れないで: アンネが日記を書く前の物語 』(NHK出版)など。共編著書に『 BOOKMARK 翻訳者による海外文学ブックガイド 』1&2など。 〈 10代がえらぶ海外文学大賞 〉選考委員。

写真:サトノリユキ

過去の記事はこちら

聞く・読む・解く・続く!アルクの語学学習アプリ「booco」

語学学習アプリ「booco」なら、アルクの語学学習書をスマホで手軽に学べます。

「キクタン」などアルクの人気書籍800冊以上の音声を聞けるのはもちろん、「読む」機能では電子書籍を利用できます。書籍の内容を基にした問題を解いて、力試しや復習ができる「クイズ」機能も!boocoにはログイン機能があるので、学習の進捗などのデータは保管され、機種変更をしても続きから学習を再開できるので安心です。
さらに、Plusプランに加入すれば200冊以上の書籍が学習し放題!

boocoでは、次のような使い方ができます。

  • アルクの語学書の音声を聞く
  • 電子書籍を読み、しおりを付けて続きから学ぶ
  • 単語・並び替え・ディクテーションなどのクイズで力試し
  • 学習時間や連続学習日数を確認して目標達成を目指す
  • 復習機能で知識を定着させる
  • 「今日の一題」で毎日気軽に英語に触れる

聞く、読む、問題を解く、振り返る――毎日の学習をboocoで始めてみませんか?
(※利用できる機能は教材によって異なります。)

▶ 語学学習アプリ「booco」のダウンロードはこちら!

2026 10
NEW BOOK
おすすめ新刊
2027年版 1カ月で攻略! 大学入学共通テスト英語リーディング
2027年版 1カ月で攻略! 大学入学共通テスト英語リーディング 詳しく見る
1日1問、英語学習しませんか?

1日1問、英語学習しませんか?

学習を記録してモチベーションをキープ🔥