翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。
紹介する作家:フラナリー・オコナー
1925 年アメリカ、ジョージア州生まれ。フォークナーやカポーティと同じく、「南部ゴシック」と呼ばれる、アメリカ南部の暗部を描く作風の持ち主。代表作は『善人はなかなかいない』、『賢い血』など。1964 年没。
『Wise Blood』
このヒッチコック夫人をはじめ、そのように戯画化された人物たちは、多くの場合、使い古された言葉を連発する。表現としては正しいけれど、まったく無内容。
こうした戯画化の巧みさだけでもオコナーは読むに値するし、その巧みさを殺さず訳すのがオコナー訳者第一の義務である。だがこれはまだ助走にすぎない。そうした漫画的人物たちのもとに、ときおり、生の意味について異様に深く考えている人間が現れて、彼らの漫画的に安定した世界を揺さぶる。『賢い血』のヘイゼル・モーツしかり、傑作短篇「善人はなかなかいない」の〈はみ出し者〉しかり。「善人は……」は暴力的な 展開 のなか、使い古された言葉と張りつめた言葉がめまぐるしく―時にはどっちなのかもよくわからないまま―入れ替わって読み手を圧倒する。
紋切り型を連発する祖母をはじめとする旅行中の一家の前に、脱獄した〈はみ出し者〉が現れ、家族を次々に殺す。だがこの人物、殺人鬼であると 同時に 、キリストの行為をとことん本気で捉えようとする真剣な懐疑者でもある。その懐疑を、彼は間違いだらけの英語で表明する―
to Find 』">『A Good Man Is Hard to Find 』
- 正しくはI wish I had been there
正しくはif I had been there I would have known
「俺はそこにいなかったから、蘇らせなかったとは言えない」と〈はみ出し者〉は言った。「そこにいられればよかったのに」と彼はげんこつで地面を叩いた。「いられなかったなんてひどい。なあ、おばさん」と彼は高い声で言った。「もし俺がそこにいられたら、ちゃんとわかって、いまこんなふうになっちゃいないんだ」。上ずりかけたその声を聞いて、祖母の頭の曇りが一瞬晴れた。男の歪んだ顔が、いまにも泣きだしそうに自分の顔のすぐ前にあり、彼女は小声で言った
―「まあ、あんたはあたしの赤ちゃんじゃないの。あんたはあたしの子供よ!」。そう言って手をのばし、彼の肩に触れた。〈はみ出し者〉は蛇に?まれたみたいに飛びのき、彼女の胸を三度撃った。そして銃を地面に置いて、眼鏡を外して拭きはじめた。
(『善人はなかなかいない』)
どうやらこの連載、「○○はこう訳せ」というより、「○○は訳せない」が基調になりつつある……。
柴田元幸さんの本
1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。
出典:Flannery O’Connor, Wise Blood (FSG)――, A Good Man Is Hard to Find and Other Stories (Mariner Books)
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